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悩んでいるならベンチャーネットにお任せブログ:22 9 16

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21-10

小さい頃、
わたくしはお父さんに対して不満がありました。

オレは、父に誉めてもらった記憶がないのです。

父親の言葉で覚えているのは、
「好きにしたらえぇ」「お前やったら大丈夫や」くらいのものです。

私にはそれがパパから見放されているような感じがして、
一人ぼっちで心細く、寂しくて惨めな気持ちを感じ、
「誉めてほしい」「教えてほしい」「支えてほしい」といった思いが
満たされることはありませんでした。

そして、
「パパは私のことがあんまり好きじゃないんだ、
だから晩も日曜日も家にいないんだ」
「お父さんが誉めてくれないのは、ミーがダメだからなんだ」
と感じていました。

大人になった今では、
それが真実ではないことを頭で理解することができますが、
それでも、
心では「愛されていたんだ」と感じて納得するまでには
至っていませんでした。

ところが、
すごく重大なことに気づいたのです。

誉められたことがなかったかもしれないけど、
否定されたこともなかったのです。

結構な放蕩息子であると自覚があるくらいですから、
お父さんにとって、眉をひそめるようなことが何回もあったことでしょう。
意見したかったこともたくさんあったでしょう。

にもかかわらず、
一度もないと断言してもいいくらい、
否定されたことがないのです。

親父が俺に言うのは、
「好きにしたらえぇ」だけ。

「否定されていなかった」
それは、
「あたくしを傷つけた」「あたくしに寂しい思いをさせた」
「おれに自信がないのはパパのせいだ」
「オレの求める親父ではない」と、
心の中で何百回何千回とさんざん父親のことを否定し、
責め続けてきた私にとって、
雷に撃たれるくらいの大きな衝撃でした。

「否定しない」
それが、親父の愛だったのです。

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